東京高等裁判所 昭和29年(う)2197号 判決 1955年8月30日
控訴人 被告人 丸山精雄
弁護人 川島英晃
検察官 中条義英
主文
本件控訴はこれを棄却する。
理由
本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人川島英晃作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対し次のとおり判断する。
論旨第一点
本件事案は麻薬の所持或は授受等の事実ではなく、麻薬を本邦に輸入したという事実であるところ、原判決挙示の証拠によれば、原判示の如く本件麻薬の輸入自体は被告人の単独行為と認めるに十分である。
被告人の原審公判廷における、自分が麻薬輸入業者でないこと、昭和二八年四月上旬イラン国テヘラン市所在国際海運株式会社代理店に塩酸モルヒネ一六一〇、一九瓦を本邦迄運搬を依頼したことは間違ない。しかしこれは友人に頼まれてやつたことであり、右麻薬がコーラムシヤ港でアマゾン丸に積まれたかどうか、本邦に陸揚されたかどうかは知らない旨の供述に原判決挙示その余の証拠を綜合するなら、被告人が本件麻薬を本邦に輸入することを決意するに至つた事情は友人浜田実の依頼即ち教唆に基くものであり、又麻薬は所論の如くアプラトーンから受領したものであつて、同人はこれが我国に密輸されるものであることを知悉していたものであつても、本件麻薬を本邦に輸入すべく直接の手続を為したものは被告人に外ならないのである。即ちイラン国テヘラン市所在国際海運株式会社の代理店に対し本件麻薬を麻薬であることを秘して本船託送という通常の輸入貨物の輸送方法とは別個の方法で輸送方を以頼した者は被告人なのである。その後は情を知らない右代理店がとつた所謂本船託送の手続によつて事の性質上当然に本件麻薬は横浜港に陸揚されたのであることが明白であるから、本件麻薬輸入の直接責任は被告人が負担すべきものである。その他本件記録によつては原審認定に誤認があるものとは認められない。論旨は採用できない。
同第二点<省略>
同第三点及び第四点について
関税法上通常輸入貨物は船舶から保税地域に搬入された上輸入申告が為され、税関の検査を経て輸入免許がなされた後保税地域外に引き取られてここに輸入が完成するのであるから、関税法上輸入とは通関線の突破という事実がなければ未だ輸入の既遂とはならないものと解せられる。故に保税地域外の海岸等に国外から舶載して来た貨物を正当の理由なく陸揚すれば、これ即ち通関線を無視して突破しているのであるから、直ちに輸入の既遂たるべきものである。しかし、保税地域を経由したものは単に保税地域に陸揚されただけでは未だ輸入の既遂とは認められず、この地域外の国内に貨物が搬出されて始めて輸入の既遂となるものと解すべきことは所論のとおりである。
しかし、麻薬取締法第一三条によれば、麻薬は麻薬輸入業者以外の者は何人も麻薬を我国に輸入することを禁止しているのである。このように輸入を禁止されている貨物を法規に違反して不正に輸入しようとする場合には通常正当な通関手続をとることは全く期待することのできないものであるから、このような禁制品の輸入は関税法の対象たり得ないものといわなければならない。(麻薬輸入業者が麻薬の密輸入を企てる場合には通関線の突破が輸入の既遂となるものである。)よつて麻薬の密輸入は関税法上の輸入とは趣を異にし、たとえ保税地域内であつても我国に陸揚された以上は麻薬輸入の既遂たるべきものと認めるのを相当とする。
又原判決挙示の証拠によれば、本件麻薬は保税地域外に完全に搬出されて浜田実の手中に帰していることが認められるのであるところ、なる程所論の如く浜田が受領を見合せれば、それは或は受取人がない為没収等の処置をうけ輸入の終局的効果を達成することができない場合も生ずるであろう、けれども麻薬輸入業者以外の者の麻薬の輸入は前述のように禁止されているのであつてその輸入というのは我国内に陸揚されたことを判示認定すれば足りるのであつて、その目的物が何人の手中に帰したかという事実迄も認定する必要のないものと解する。なおその目的物の受領者必ずしも輸入行為者の共同正犯者とは限らないことは云う迄もないところである。
原判決には所論のように、事実の誤認、法令解釈の誤或は単独犯か共犯かの点につき事実と証拠とにくいちがいの存するものとは認められない。論旨は何れも理由がない。
よつて本件控訴は理由のないものであるから、刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却すべきものとして主文のとおり判決する。
(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)
弁護人川島英晃の控訴趣意
第三点単独犯か共犯かの点につきて食い違いがあるのであります。原判決は被告の単独行為として居る処の麻薬輸入既遂の行為であるとする点につき見れば此の麻薬が横浜港に到着しても受領者の浜田が受領を見合せればそれは税関にて関税の関係上没収となり此の麻薬輸入既遂の行為はなく或は未遂に止まるものである事は生活経験上の法則と法律上関税法の規定上明かな事実であります、然らば原判決は此れに関して罪となるべき事実の認定資料に関し理由を附せざる違法があると共に浜田と云ふ共犯が受領したとの点を認めれば単独犯か共犯かとの点に関して理由が証拠と食い違いを有する違法を兼ねて居る違法を免れぬのであります。
第四点原判決は被告人の罪が麻薬輸入已遂であると認定して「六月九日頃横浜港に陸揚げせしめ以て輸入を遂げた」と判示しその麻薬が何人の手に受領されたかを説示せぬのであります、然して原判決は此の横浜港に品物が陸揚げされたのを、物が陸地に上がればそれで輸入したと解釈して居るが如くであるがそれは重大なる誤りである。輸入物は先づ陸揚後税関の手続を経て始めて輸入となるのであり、税関で関税支払迄は補税倉庫に収納する、その期間は輸入とはならない、それでその品物が更に積み替へられて外国に行く時は例令陸上の倉庫にあるも輸入物とはならないのであります。本件でもイランの国陸海運代理店から貨物船で船長託送で来ても浜田が情を知らぬ小宮を使者として受領せしめて始めて輸入されたのである。それは原判決の証拠として揚げた処の小宮の検事に対する供述調書で明かであり且つ同様に原判決で挙示した。東京税関監視部審理課長作成の書面と鞍島弥次郎の検事調書で明かな事であります。然らば此の点に関して原判決は此の麻薬が横浜港の地上に来た事をそれで輸入とみたと云ふのであれば法規に反する処の認定であつて違法無効のものである。小宮をして受領せしめたから被告人は已遂の責任を負ふべきなりと云ふのであれば、本件証拠として原判決が判示したる全部を以て見れば浜田実の行為の介入がありて始めて浜田は之れを受取り已遂となつたのでありながら被告人は横浜港に何時着くか又は如何にして之れを受領するかにつき何等の関知した処がないのであると云ふのであるから全く此の点は被告が知らざる事実につき責任を負はしめらるる結果となるのである。共犯者の浜田を認めれば又格別の事となるのであるが原判決の認定した如く被告の単独犯行とするに於ては此の点につきて原判決は重大なる事実の誤認と法令の解釈につき誤りを含むかの違法は免れぬと信ずる。
(その他の控訴趣意は省略する。)